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9月1日から、整形外科に勤務しています。
今は星整形外科部長のお手伝いをしながら友愛病院の仕事を覚えているところです。
盛岡は高校を出るまで18年を過ごした故郷です。
東京の予備校と京都の大学と京都、奈良、静岡などの大学の関連病院で20年弱を過ごし、家庭の事情で盛岡に戻って来ました。
今回の異動の際に、時間を頂いて観光や、いくつかの大学での見学など、大分あちらこちらを旅して来ました。
目的地までの移動は面倒であったり疲れたりしますが、延々と飛行機や電車や車で移動を続けていると、やがて移動自体が旅の重要な部分であることに気付きます。
それは今居る場所から移ることや、新しい場所での見聞のことでなく、純粋に空間を移動することの快感です。
この感覚が一般的なものであるのかどうか、また個人的なものであるのならば、私のどのような資質や体験から生じているのかは、今のところ不明です。
今回の旅は岐阜市から乗用車で900km程走って終了しました。盛岡に帰り着き、翌日病院に初めて顔を出したのが8月29日でした。
9月1日からお世話になりたいとお願いしていたのですが、その間ろくに連絡もせず、自分の事ながら、社会人として大分問題のある行動だなと反省しております。
この場を借りて関係の方々にお詫び申し上げます。
18歳で盛岡を出てから、今回戻って来るまでの19年の月日も長い旅であったと感じています。
漂泊や放浪といった種類の旅です。高校生のときに外の世界を見たいと強く思い、盛岡から出て行きました。
勉強するためというのが口実ですが、今にして思えばただ外に出たかっただけかも知れません。
大学人事の中での研修は、それなりに大変であり懸命にやってきたつもりです。
少し前に研修医の労働時間が長すぎると問題になりましたが、私たちの時代では、ごく普通のことだったと思います。
むしろ少しでも多くの経験を積みたいと進んで病院に寝泊りする者もいました。
然しながら、自分の仕事の態度には、なにか甘さがあったように思います。
それは私が旅人であったことが原因では無かったかと思います。
「一所懸命」という言葉がありますが、土地や病院や専門分野など、どれでもいいですが、一つ所に留まって仕事をする覚悟があって始めて得られる真剣さというものがあるのではないか、と考えています。
盛岡に戻り、おそらく今後はこの街に留まって生活していくつもりです。
長い旅を終えて現実の生活に戻ったように感じていますが、はたして自分の甘さがこれで変わるものか、自分の事ですが、興味を持って見ているところです。
少し不謹慎な挨拶になってしまいましたが、今後の御指導を宜しくお願いします。
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