これは僕が医大の卒業アルバムに記した僕の人生訓です。小児科医局時代は川名教授の無菌室をお借りして染色体を眺めて過ごしておりました。すばらしい時代の流れでした。
20世紀のうちに人の染色体の解析がなされてしまいました。
その後は小児の障害医学に夢を託しておりました。幸いリハビリ医学の発展に助けられ、子どもたちの笑顔に励まされながら1つの時代が過ぎました。(僕は27年間、「都南の園」に勤務しておりました。)
岩手の子どもはすばらしいですね。幼い頃の僕の遊び場であった(当時「明治神宮外苑」と称し、サッカーを観に来る客はなかった。)あの場所で素晴らしい夢を叶えましたね。
そんな夢心地でいたところ、今度は頑張ってきたお年寄りにも夢を見ていただける里を作るというお話が舞い込んできました。
大人の診療に携わることのほとんどなかった僕にとっては、いささか重荷な仕事かなと思われつつも、夢という語につられ、お世話になることとなりました。患者さんが夢を持って笑顔で過ごせるためには、職員各にも笑顔で対応できるような場所になっていければと存じます。
ところで縁とは不思議で面白いものですね。
人間とは人と人との関係で成立しているものですよね。
僕が今こうして本来と異なる位置にいるのも何かの縁なのでしょう。
人は各々に夢を持っているはずです。
それらの夢を縁で結んだら、大きな夢も叶うことでしょう。どうぞよろしくお願いします。
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