
八合目避難小屋広場はまるで祝祭空間であった。すり鉢を伏せたような中央火口丘は眼の前に迫っている。30人程の登山者が泉を酌み酔っているようだった。気分が高揚して、岩手山をプリントしたTシャツがどんどん売れる。『よく売れる日だなあ』と山小屋の主人の焼けた頬に笑みが絶えない。
9月23日快晴、我ら『山と自然を愛でる会』13名は朝六時過ぎ馬返しを出発した。
体調の悪い人もいたが心配しかばい合って少しずつ高度を稼いでいった。
私の膝は完治してはいなかったがなんとか行けそうだと一合目で感じ取った。
説明不能の喜びに脳と身体が満たされ、しゃべりながら笑いながら登っていった。至福の時だった。
元々諦めるつもりの登山だった。一週間前まで決心がつかなかった。ただならぬ岩手山である。あの傲岸不遜の存在である。私の水の貯まった膝で登れるものか悩んでいた。
7月の八甲田で自信を失い、スポーツが出来ないのなら生きていてもしょうがないと思っていた。
登山が出来なければ、代替療法は水泳など膝に負担の掛からないスポーツになる。
プールで三十分泳ぐと身体と心がほんわり暖かくなるがアドレナリンは薄い。
私は攻撃性が少ないが家の書庫に戦記ものが少なくない。隠れタイプAなのだ。
妻はその類の書物が嫌いで処分を迫るが、バトル・オブ・ブリテンを読まなければ眠れない夜もあるといい拒否している。テニスコートでボールを思い切り叩き、攻撃性を消している。黄色いボールには感謝している。
攻撃欲は持たず、作らず、持ち込まずと言われる。職場はその生産工場だから何かを叩くスポーツが必要だ。
登山は心が自然と一体になることにより人を愛する力が増える。人を愛せなくなったら、山に行けと信州では小学校から習う、県歌と共に。
人に会いに山に行くという歌を若い頃に聞いた。大学生のころ登山から帰ると暫くの間、全ての女性が美しく見えて楽しかった。
しかし、あれから三十年。
女性には女神もいれば悪魔もいることが分かった。爬虫類出身で美しいが冷たい女性、犬狸科出身で暖かいが厳しい方々もいる。それでも山や温泉はすべての男に魔法をかけて、許容範囲を広くする。ステアリングホイールに愛という名の遊びをくれる。前を向いて生きられるように。
やはり山登りは止められない。ホイチョイ・プロのGALツアーより人生は輝く。
七月の八甲田山の恐怖と膝のMRI所見は我が主治医となり、あきらめだけが人生だと告げていた。ラビアンローズバラ色の人生などありはしない。太陽のないスカンディナビアの海岸を北へ重いコートを引きずって、いばらの中を歩くのが君の人生なのだと告げていた。
そんな心の間隙にいつの間にか貧乏神のように鬱が入り込んでいた。
仕事は淡々とこなすだけ、笑顔が無く声の張りを失った。
宴会も楽しくなかった。同じ職場で苦労を共にしている美しい看護師さんと酒があれば無情の幸福だ。これ以上の楽しみは世の中にそうあるものではない。しかし何故か楽しめなかった。
二合目に至って自分が二ヶ月以上ブルーの海に沈んでいた事を悟った。
仕事の厳しさは肩に重くのし掛かり、砂を噛むような日々だった。意識は責任感に占拠され、遊びを忘れ夏休みも忘れた。
疲れは雪だるまになった。安倍前首相のように機能性腸症候群になり、出勤途中の車の中で二日連続腸のトラブルと戦った。(委細はcode
Kのため書けません…)。
鬱の時は決定できない。登山予定日の三日前でも逡巡していた。
二日前の夜、オホーツク高気圧が張り出して盛岡は急激に冷え込んだ。
私の宿痾である喘息の季節が到来した。発作のため眠れなかった。6錠のステロイドは身体を暖かくしてくれ、咳を鎮めてくれた。吉行淳之介、中島敦、テレサ・テンを苦しめた夜と懸命に戦った。
山に行けるのかと判断に窮したが、追いつめられると鬱は反転することがある。スペードばかりを集めるとマイナスはプラスに変身する。案ずるより登るが易い、困れば村上さんのご主人のヘリパトが来てくれる。突然グッダイ(豪州方言)になったのだ。仕事を離れて自然の中にいる幸せを存分に享受した。嬉しくて楽しくて痛みも気にならなかった。
三合目、則子さんが呉れるグレープフルーツとレモンが疲労を軽くする。
四合目、まるでモアイのような岩が登山路を護っている。
五合目、車を焼け走りに回して登ってきた会長と隊長に出会った。
喘息発作中の私が元気で、もう一人の隊員が辛そうなのに驚いていた。
体調は最悪だが根性は最強のその人はザックを隊長に預けるとペースが蘇り登り続けた。私はアール(R)の発音練習を行った。
六合目、七合目と視界に占める碧空が広くなっていく、あの稜線の上は八合目かと期待が膨らんだ。斜面の最後のステップを切ると巨大な円錐が堂々たる存在感で眼前に出現した。八甲田の大岳に似る形だが森林限界の低さからその高さの違いを知った。
私は密かにガッツポーズをとって、夢の実現を喜んだ。

頂上は暖かく滅多にない快晴で、鳥海山、岩木山そして八甲田の峰々も視界に入っていた。
I SHALL RETURN.は叶った。シーズンオフは筋力トレーニングに打ち込み、焼石岳の花々の可憐さと夜の岩手山から見る星々の輝きを楽しみに生きてゆきたい。
岩手山に目をやると友達のように見返してくれる。ありがとう岩手山。
掉尾に木村先生と紀香さんにお礼を申しあげます。私と妻は下山路残り2.2kmで膝が笑い(おそらく大腿四頭筋の高度疲労)真っ直ぐ歩けなくなってしまいました。
そこで山岳界の先達のお二人にザックを背負って頂きました。お陰様で無事下山できた事を深く御礼申し上げます。
山は生命をのばします。来年も六根清浄で参りましょう。